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Tuesday, May 25, 2021

らーの旅立ちまでの一週間を書きたいけれど

書けない..... _| ̄|○

2019年2月19日、らー坊がお空へ旅立った日から、826日目 の今日(2021/5/25)、まだ書けない。

箇条書きだけでも書いておこう。そうでもしないと、このまま記憶がぼやけて、忘れてしまいそう。


らーが急変した日から奇跡の時を過ごした。そう思う。

奇跡1. らーが急変した日のこと、長い旅から帰国した友人・まりちゃんから偶然にLineがあり、昼はまりちゃんファミリー総出のサポートを受けることになった。
お世話になったシッターさんでしたが、”らーくんが苦しむ姿をみることはできないです”ということで、まさかの降板。大急ぎで代わりの誰かを探さなくては!!!!と、大焦りしたところへ奇跡のまりちゃんファミリー登場ですから。

奇跡2. まりちゃんファミリーってその時は、全員無職だったのでした。

人間の看護師であるアイちゃん(まりちゃん家の娘)は、後続車にポンとぶつけられて、「首がいたい」ということで仕事を辞めてリハビリ中だったのです。

奇跡3. 長年闘病中だった私の父が、亡くなりました。

忌引休暇という職場のありがたい制度を利用して、仕事の心配なく、父の見送り&らーの看取りができました。

奇跡4.  らーは、忌引き休暇が終わる前に、旅立ちました。 わたしはお掃除をして、更に脱力する時間までもらえたのです。

奇跡5. らーの介護が始まったときからずっと、夜は職場同僚たちのサポートが続きました。これが本当のミラクルだと思います。みんなありがとう。

 

2019年2月8日(金)

急変、午前0時頃から、ハアハア言い出した。

朝になって病院で緊急の処置をしてもらい、帰宅。 顔のところだけ酸素濃縮器で呼吸を応援開始。夕方から少し楽そうになる。

2月9日(土)前日の治療・薬、酸素も効いて、更に楽そうに見える。スヤスヤ寝てくれた。

2月10日(日)主治医の往診。余命は1週間くらいじゃないかと。

2月11日(月・公休)少すづつ食べてくれる、突然、ボイルしたささみを3キレ食べた。

2月12日(火)お好み焼きを食べて、マクドナルドのチーズバーガーも食べ始めた。入院中の父が、危篤状態になり会いに行く。

2月13日(水)父・逝去、忌引休暇開始。パパありがとう。それに忌引休暇は正直ギフトだし、パパの仕業か(?)らーはますます穏やかに過ごせるようになる。

2月14日(木)父のお通夜。

2月15日(金)父の火葬。(沖縄はお葬式の前に火葬する)

2月16日(土)父の葬式。 

2月17日(日)父をお墓へ送る日。わたしは欠席、らーと最期の時を過せた。

2月18日(月)一緒ごろごろ寝て過ごす。

2月19日(火)旅立ち。まりちゃん家の娘・アイちゃんが看取ってくれた。まだ温かいきれいな、らーを火葬。らーがお骨になってお家戻る。

2月20日(水)らーがいない生活が始まった。応援し続けてくれた同僚も、仕事を休んでお家の掃除にきてくれた。同僚の力を借りて粗大ごみ処理場へ行った。介護で使った道具や家具を運んで大処分。お家の中は、介護の痕跡もなくなった。

2月21日(木)忌引休暇の最終日。

らーの死もやっぱりギフト、父の忌引休暇の終わりに合わせて死ぬんだもん。箇条書きじゃなくてちゃんと向き合って書く日までもう少し時間が必要かもしれない。

らーとわたし、いつも一緒



 

 

 



 

 



Sunday, August 16, 2020

暑さ、台風、停電、ニューファンと沖縄で暮らすこと。大事な思い出も一つ。



らーは、暑いのが極端に苦手な犬種。「沖縄でニューファン」というと、無謀極まりないと否定的な意見が聞こえてきそうだけど、実際わたしも「沖縄でニューファンを飼うなんて、犬が可哀想じゃないか」と非難されたこともあるけれど、日本は高温多湿、北海道や軽井沢など避暑地を除いて、沖縄に限らずほぼどこにいても暑さの条件は同じだ。 むしろ沖縄は日本の中では、ニューファンには都合がいい場所だとわたしは考える。

Tuesday, July 21, 2020

目標は穏やな死

介護中に、動物病院へ一人で行くことが多かった。
らーの通院には人手が必要なことと、らーにも負担をかけたくなかったので、お薬や会計を待つのをやめて一旦家に帰り、その後改めて病院に行くようにしていた。

病院の待合室の半分が、介護中の人になることも多かった。犬も猫も長生きになり、介護期間も長くなる傾向があるのだと思う。

「介護疲れで孤独だ」という女性に出会った。「誰にも言えないけれど、正直もう死を願っている」と淡々と抑揚のない声で話してくれた。

Monday, July 20, 2020

安楽死について真剣に考えたこと

らーが倒れてから、たびたび起こった排尿障害、ひどいときは48時間もオシッコが出ない、お腹はバスケットボールのようにパンパンに膨らんだ。

圧迫導尿が効かない、家庭でのカテーテル導尿がうまくできない、そういう状態が頻発し、らーが一点を見つめて悲しい咆哮をあげるとき、わたしは安楽死を考えた。

Sunday, July 19, 2020

家庭での医療行為(点滴スランプ)

失敗談も残しておきたい。
何度もやった、一番つらかった失敗は、点滴。
らーの背中は大きくて点滴スポットもたくさんあるのに、成功体験をたどりたいのが素人というものなのでしょう。わたしだけか。

似たような、いや、ほとんど同じ、もしかしたら奇跡的に、全く同じスポットに針を刺したかもしれない。
針を抜いたあとの、流血が回を重ねるごとに、増えてきた。
そして、1リットルの輸液が入って、ラクダのこぶのように膨らんだ背中から、せっかく流し込んだ輸液がボトボト、あふれる日も多くなった。

Friday, July 17, 2020

家庭での医療行為(躊躇していられない)

らーが介護生活になるまで、わたしが注射をするなんて考えたこともなかった。
でも、実際問題、体重60キロもある歩けない犬を毎日注射のために、通院するというのは不可能だった。
私一人で車に乗せることができない、健康で体力のある大人の助けなしには通院さえ不可能なのだから自分で注射を打つ、点滴をする、尿道にカテーテルを通す、それくらいできなければ、らーを守ることはできない。

Thursday, July 16, 2020

らーが肉腫を吐いた (注意:肉腫の写真あり)

らーは、倒れてから死ぬまでに、何度か肉腫を吐いた。
ほとんど小さな肉腫で、血の塊のようなサイズだったけれど、2度ほど大きなサイズの肉腫を吐いたことがある。

大きいとは言っても、1度目は、50円のサイズ、吐いたものを清潔なラップに包んで、プチプチの梱包材に包んでそれを保冷剤で挟み、更にプラスチックバックに入れて冷蔵庫に保管し、翌日、病院から病理検査に出してもらった。
結果は、悪性メラノーマ。最悪だ、黒い毛のオスの犬に多く見られるなんて言われるようだけど、本当だった。

Wednesday, July 15, 2020

らー回復傾向に!


排尿障害、膀胱炎、水分摂取不足、腎機能の低下などは一進一退で問題が深刻になることはたびたびあった。

でも、悲しいばかりではない、らーの麻痺した後脚はもう元には戻らないけれど、それでも上半身を起こして寝返りはできるようになった。

Tuesday, July 14, 2020

便利な介護道具(いろいろ)

スライドシート

らーサイズの犬になると体重は人間より重い。

シーツ交換のとき、マットの上でちょっとあっちへ寄ってもらうにも、大仕事。
でもスライドシート(スライディングシート)を使うと、とっても楽になった。 

身体の下にシートを滑り込ませて、らーの体を少し押せばマットの上で簡単に移動させることができた。

Monday, July 13, 2020

オステオパシーが効いた

整体・オステオパシーのKomeさんと巡り合えたのは奇跡だった。

シッターさんを募集した同僚のFacebookの広告への反応でこういうのがあった。
「仕事をしているので、シッターはできないのですが、、、」
「可哀想でとても見ていられません」
「写真のワンちゃんのことが忘れられません」
「何かできることがあるかもしれません」

正直、シッターへの応募でないならば、会う時間がもったいないとも思ったのだけど、不思議と心に反して、私は、”会いに来てほしい”と返事をしていた。

Saturday, July 11, 2020

便利な介護道具(動物用担架)

介護生活は、いつまで続くかわからない。正直なところ、お金が底をつくのではないか?そういう不安も日を追うごとに増してくる。

少しでも節約したい気持ちは切実だ、でも道具を揃えることで介護がラクになるとしたら、揃える方がいい。

Thursday, July 9, 2020

頻発する命の危機、排尿障害

シッターさんも見つかった。なんとか職場に復帰して生活を立てなおし始めた。
ほんの少し、日常を取り戻した。
だけど、問題が度々起こる。もっとも苦しんだ問題は排尿障害。 

膀胱を伸縮さる筋が急激に衰えて、自力でオシッコが出せなくなった。 
お腹がバスケットボールのようにパンパンになっても、オシッコが出せない。


オシッコが出ない=>膀胱炎=>急激な腎臓ダメージ=>命の危機

Tuesday, July 7, 2020

介護生活・現実問題お金はいくら使ったか

一体どれくらいお金を使ったのか「無い袖は振れない」だから、私が払える分しか払っていない。

それは明確なんだが、らーの旅立ちから今日(計算した日2020.6.28)で495日目だ、後になればなるほど不確かになるお金の話。

Monday, July 6, 2020

シッターさん初日のこと

急募にも関わらず2組(夫婦1組+1名)計3名のシッターさんが来てくれることになり、職場復帰できた初日のこと、帰宅する1時間前には予定通り、シッターさんは、らーの無事をLineで知らせて、引き上げていた。

帰宅して、らーの様子をゆっくりと観察してみた。 
様子は落ち着いている、シッターさんとはうまく過ごせたのだろう。
だけど、わたしは初日にも関わらず、シッターさんをお断りすることにした。

Saturday, July 4, 2020

シッターさんを探す

倒れてから2週間近く食べないまま、寝返りも打てない、後脚の片方の麻痺、麻痺に伴って排尿も徐々に困難になってきた。
そんな時期の往診で、らーの心音は強く安定していて、到底近く旅立つような様子ではないと主治医の結論。
往診に偶然立ち会った人間全員で、喜んだのはつかの間、さて現実問題、これからどうする......

Friday, July 3, 2020

”寝たきり、らー再び海へ” 死んだら二度とできないから

介護が始まった最初のころ、らーの余命が想像もつかなくて、お医者さんは”今は死にません”ときっぱり断言したけれど、それでもたびたび排尿困難で、膀胱炎、腎機能低下、命の危機、そういうループを繰り返しているとき、本当はいつ死んでもおかしくないんだ、そう思った。

Thursday, July 2, 2020

お空へ旅立つ準備なの?(ようやく往診の日)

らーは、仔犬期ゼロ歳児で甲状腺機能低下症と診断された。
低下というより、甲状腺ホルモン自製率ゼロの状態。
治る病気ではないけれど、正しい量のホルモン剤を摂り続けることで問題なく生活ができた。
信頼できる獣医さんの助けがあったから、らーは長生きすることができた。それは間違いない。

Wednesday, July 1, 2020

自力で歩けなくなった最初の日(介護生活のはじまり)

2018年6月12日(火)
仕事から帰宅したら、らーが、立てなくなっていた。

らーのお気に入りの場所は、キッチンと続き間になったリビングで、大きな窓から庭に出ることができる。
その日も、いつものようにやさしいハワイアンの音楽が聞こえていたし、クーラーと扇風機で涼しくて、お部屋は普段通りだった。