らーが介護生活になるまで、わたしが注射をするなんて考えたこともなかった。
でも、実際問題、体重60キロもある歩けない犬を毎日注射のために、通院するというのは不可能だった。
皮下への注射は難易度が低かった。
大型犬というのが幸いして、皮下の層が広い、そのため間違って筋繊維に注射針が到達する心配はほとんどない。
まずは、途中邪魔が入らないようにスマホの音設定を消して、メガネをかける、自分の手をしっかり洗浄してから、注射器と脱脂綿と皮膚用のアルコールを用意する。
らーに話かけて、「これから注射だよ、首の後ろに針を刺すけれど、母ちゃんちゃんと先生から習ったから、痛くないようにできる、心配ないよ」そう説明してはじめる。
獣医師に教えてもらった通り、首の肉の柔らかい部分の毛をかき分けて、左右に広げ皮膚がよく見えるように下準備をおこなって皮膚を皮膚用アルコールを塗布した脱脂綿で拭いて、左手の親指と人差し指で軽く皮膚をつまんで、注射針を指すスペースをつくる。
そして、右手で持った注射針を斜めに差し込んで一定の速度で、液体を親指を使って押し込む。針をそっと抜く、新しい脱脂綿でさっと針で空いた皮膚の穴をぬぐい取って、注射針にキャップでフタをする。
ほっ、無事だ。 らーも緊張する様子もなくおとなしくさせてくれる。
同じく、皮下へ針を刺す行為でも、点滴となると難易度がいっきりに上がる。
ここは大型犬であることが難しくさせる。ショットでひとおもいに押し込める量の輸液ではない、必要な水分量を自分で飲めなくなったらー君に必要な輸液の量は最低でも1リットル。(本当は、一日に数回に分けて2リットル以上が理想だったのだけど)
1リットルを背中に流し込むには、15分から20分かかる。その間、らーが背中がを嫌がって動くと刺さった針が外れる可能性がある。
カーテンレールを利用して輸液バッグをぶら下げて、皮下への注射と同じ要領で、らーの背中に針を差し込んで、輸液が滞りなく流れるのを確認しながら、15〜20分を過ごす。
ほとんどの場合、シッターさんか、友人がいる時に点滴を行うようにしていた。
そうすれば、らーを友人がそっとなでながら、話しかけて少しでも動こうとすると、「らー君、もう少しゆっくりね、もう少しね、」と話かけてなだめて、動くのを阻止することが出来る。その間わたしは、輸液の流れと刺さった針の状態だけに集中できる。
たった15分、それでも私にはとても長い時間に思えた。
もっとも困難を極めたのが、導尿カテーテルの挿入だった。
そもそも寝ている場所がマットの上であり、カテーテルにタオルや毛布の繊維が付かないようにすることが難しい。
それでも、なるべく清潔に保つようにと気を使いながら、カテーテルの先に局所麻酔キシロカインゼリーを塗り、らーの尿道にカテーテルを差し入れ膀胱に到達するまで一定の速度と力で、挿入していく。
痛みや違和感があると、らーが腹圧で拒否をするのでうまくいかないこともある。
らーがリラックスして受け入れてくれる必要があるのだから、注射よりももっと難易度が高かった。
寝たきりの老犬を1年近く、介護して導尿カテーテルで排尿を日々手伝っていたという友人がいたが、友人の犬は、その時すでに下半身がほぼ完全に麻痺をしていて、圧迫導尿さえ可能な状態だったらしく、カテーテルを腹圧で押し出す心配は皆無だったという。
らーのように、動かないのは左後ろ脚だけで、他は動けるという状態の場合、痛みも違和感もすべて感じているのだから、カテーテルで導尿するのは、らーとわたしには一番の難関だった。でも泣き言なんて、吐いていられない、やるしかない。
お腹がパンパンになってもオシッコが出ない、膀胱炎になる、腎機能を低下させる、命の危機、そんな悪循環がわかっているのだからやるしかない。
ここでも誰か心を許せる友人がそばにいてくれるとき、大きな支えになった。
一人でやることの限界、らーの介護中に何度も何度も、味わった。
わたしは、過去の自分の生き方を思い返してみて、なぜ一人でこんなことになったのか?
振り返ってみたりした。
でも、何度考えても、わたしは選んでたったひとりで、らーを介護することになったわけではない。日々、大切なことを大切にして生きた、最終的に、わたしとらーの二人の生活が残っただけだった。
なら、それでいい。
もう悔やむこともない。
多くの人に、助けを求めて、助けてくれる人みんなに感謝して生きよう。
January 2011 なるようになるさ なんて言っていそうな顔 |